同労者

キリスト教—信徒の志す—

巻頭言

— 信仰のバトンを受け継ぐ —

山田 行

「心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。あなたの隣人を自分自身のように愛せよ」(マタイ 22:37-39)

私は牧師の家庭に生まれ、文字通り教会の中で育ちました。19歳の時に罪の告白をし、主イエス・キリストの十字架の血潮によって救われてから、クリスチャンとして歩み始めて40年。昨年、還暦という節目を迎え、娘夫婦には双子の男の子が与えられました。また、息子も牧師と結婚し、現在は共に生活をしています。
今年の2月、長年共に歩んできた一人の婦人が天に召されました。彼女は最後まで集会に集い続け、三世代で暮らす家庭の中でも、静かに信仰の香りを放っておられました。
後日、一本杉の小さな集会で、その方のお孫さんがこのように告白されました。
「私の祖母は、最後まで家族を愛し、教会に仕えた人でした。私もそのようになりたいと願いますが、つい自分中心になってしまいます。それでも、祖母と同じように生きていきたいです」お孫さんは、その婦人の生き様をしっかりと見ておられたのです。その言葉を聞いた時、私は羨ましさと同時に、身が引き締まるような緊張感を覚えました。
私にも今、孫が与えられています。子供たちは、見ていないようで見ているものです。感じていないようで、私の神様への愛や熱意を肌で感じ取っているのでしょう。上辺だけを繕っても、魂の真実は見透かされてしまいます。召された婦人のように、たとえ目立たなくても、その尊い生き方は小さな魂にしっかりと刻まれ、共に生き続けていくのだと教えられました。
私も孫たちの前で、主への愛に正直に立ち続けたいと願わされています。
冒頭の御言葉を胸に、次世代への信仰の継承を信じ、祈りつつ歩んでまいります。  

(仙台聖泉キリスト教会会員)